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芽吹き | 注文住宅 家 広島 工務店 オールハウス

オールハウスができるまで

芽吹き

自分でつくるしかない

プロにできないのなら、自分でつくるしかない

昭和51年(1976)、英敏はオールハウス株式会社(旧商号陽水興産株式会社)を設立、代表取締役に就任しました。当時のオールハウスは不動産業務とコンサルティング業務を行う会社。持ち前の義侠心と、高い問題解決能力を武器に、英敏はコンサルティングのために海外を飛び回りました。

そんなさなか、英敏は建売住宅に着手することを決意、まず自宅を建てることにしました。立派な家が出来上がりました。ところがいざ住んでみると、住み心地は最悪でした。湿気はこもる。結露する。夏暑く、冬寒い。しかも基礎がしっかりしていないのか、床は軋みます。こんな家では体を壊すばかりか、いざという時に命の危険がある。そう思った英敏はアメリカに渡り、ツーバイフォー住宅の建て方を習うことにしました。

帰国して習い覚えた技を伝えようとしましたが、基本に忠実にきっちりやりたい英敏と、相手は素人だからと自己流にやろうとする大工との反りが合いません。業を煮やした英敏は自分で一から建てることにしました。

「できるものか」と冷ややかに見ている職人たちを尻目に、自分で基礎を打ち、パネルを貼ります。せっかく仕上げた基礎を、やはり気に入らないと壊すこともありました。採算も何もあったものではありません。
しかしついに、ツーバイフォーのがっちりした家が見事に完成しました。英敏の意地と実力の勝利でした。

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