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土壌

いかに真剣に生きられるか

思い続けてきたのはいかに真剣に生きられるかということ

1949年生まれの原田英敏は、なにごとも適当なところでやめておくということができない若者でした。大学3年生の時に鉄の刃を削るアルバイトをしていましたが、熱中しすぎて、知らない間に肋膜炎から結核に病状が悪化しても働き続け、診察後即刻入院を言い渡されたのも、そうした性格の一端を表すエピソードのひとつです。

義侠心も強く、入院先の病院で出会った女性が、胸を病んだせいで家族とも疎遠になって苦労を強いられていると知ると即刻プロポーズ。彼女とともに平和な家庭を築くと誓いました。

英敏がそういう性格になったのには、若くして亡くなった兄の存在が大きく影響しています。その兄は何をさせても優秀で、親の期待を一身に集めていました。そんな兄だっただけに、交通事故であっけなく逝ってしまった時のショックは、言葉では言い表せないものでした。どんなに素晴らしい人でも、いつかは死ぬという事実。その厳然たる事実の前に、人間はあまりにも無力であることを、英敏は思い知らされたのです。

しかし、いつしか英敏はそのことを「兄は人間が十分にできていたから、先に逝ったんだろう」と考えるようになりました。比べれば自分はまだまだ半人前。"その日"が来るまでに人格を磨けるように、何事にも一生懸命生きよう。なあに、もし無茶をしすぎて死んだとしても、向こうで兄が待ってくれている。

当時他人からは、まるで研ぎ澄まされた刀のように見えたという英敏の心の奥底には、そんな思いがあったようです。

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